赦しという神の賜物

    【赦しという神の賜物第2回目:義にかなった望みを増し加える】

    第2回目は義にかなった望みを増し加えることについて学びました。

    皆さんは「義憤」という言葉をご存知ですか⁇
    私は全く知りませんでした?笑

    『義憤』:正しいことのために憤りを感じること

    だそうです?
    実はこの義憤、私たちの生活の中に溢れている自然な感情です?

    ・ニュースで理不尽な事件を観た
    ・愛する友人や、家族が傷つけられた
    ・正しいことをしているのに結果が伴わなかった

    皆さんもそのような経験ありませんか⁇
    義憤を感じることは悪いことではなく、赦しのステップの1つなんです。

    義憤を感じたらその感情に気づき、立ち止まることが大切です?
    クラスでは以下のアイデアが出ました。

    ?経験の不足から理解していないことがあると認識する
    ?相手について考える、相手の気持ちを理解するなど相手の経験や背景を考慮する
    ?その経験から神様が何を学んで欲しかったか、どう感じるかを考える
    ?義憤の元となるものから物理的に離れるetc…

    義にかなった望みを増し加える経験の最中で義憤を感じる時に、その気持ちを認識し、立ち止まることで赦しのステップを歩むことができます?

    何より、最大の赦しの模範はイエスキリストですね。恩田兄弟は最後に義憤を感じる時にぜひイエスキリストを想い起こして欲しいと証して下さいました。

    「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ23:34)

    主は自分自身が身の危険にある時でさえも、同胞を愛されました。そして、主は私たちの望みも、経験も、環境も全てご存知です。
    そう思うと謙遜な気持ちになり、どのような状況下にあってもより良い人でありたいと思うことができます。私たちも主の模範に習いたいですね。

    次回は悔い改めについて学びます?
    皆さんのご参加お待ちしています??

    市川春菜 渋谷YSAワード